フランス政府が議決権を背景にルノーの経営に対する影響力を強化している中、フランス政府はルノーに対し日産と合併するよう要請。しかしルノーと日産はフランス政府の申し入れを拒否。
ルノーを実質的に親会社としている日産。しかしながらルノーと日産は単なる親子関係という訳ではなく、ルノー・日産連合というべき存在。ただ日産がルノーに助けてもらってから16年の月日が流れ、今やルノーと日産の立場は逆転。ルノーは日産からの仕送りでやりくりをしている状態となっています。
フランス政府のちょっかいに対し、ルノーは断固拒否の構え。日産も当然他人事ではありません。フランス政府のちょっかい、資本と実態が逆転しているルノーと日産の資本関係を見直すチャンスとなるかもしれません。(2015年12月14日追記)
PS 2018年11月ゴーン会長が東京地検特捜部に逮捕されました!
概要
事の発端はフランス政府のルノー株の買い増し
ルノーとフランス政府が水面下で激しいつばぜり合いを行っているようです。そもそもフランスはもう10年以上国内の失業率が9%前後をウロウロしている状態が継続しています。そんな中、社会党出身のオランド大統領が打ち出した奇策が、「フロランジュ法」。株式を2年以上持つ株主の議決権が2倍以上になるという法律です。
これと失業率がどうリンクしているかと言えば、政府が多く出資している会社は政府は株を売らない為に必然的に政府の議決権が2倍になる=影響力が強くなるため、その影響力で国内に工場を作る等で国内で雇用を生み出し失業率の改善につながる、という考え。その成否は後で述べるとして、法律自体は成立しています。
これまでルノーの資本構成はフランス政府15%で筆頭株主、日産自動車(以下、日産)が15%(ただし議決権無し)という内容。そしてルノーが日産に43.4%出資という微妙なバランスで16年間やってきました。
ところがフランス政府が突如ルノーの株を4.7%買い増しして(約10億ユーロ)、出資比率は19.74%に。
これにより2016年4月以降、フランス政府のルノーへの議決権は約28%となる模様(一部は売却予定のようです)。約28%じゃ、そんなに影響がないと思いきや、実は約28%のシェアで実質的に40%のシェアになるようです。
株主総会ではすべての株主が議決権を行使するとは限らない。ルノーの場合、ここ数年の行使比率が7割程度にとどまったもよう。その中で仏政府が28%の議決権を行使した場合は、有効議決権の約4割を握る計算になる(日本経済新聞2015/10/23)
確かに管理人も株主総会の議決権行使書、ほったらかしにすることがあります・・・。
議決権の高まりにより、ルノーへのフランス政府の影響力の強化=簡単に言えば口出し、そして同時に実質子会社の日産へのフランス政府の影響力の強化=口出しが懸念されています。
戦後のフランスは企業の国有化の歴史、けどうまく行く訳が無く・・・
その昔、世界史の授業で非常に不思議に思ったのですが、第二次世界大戦後のフランスは資本主義国家に属していながら企業を国有化。その後、徐々に民営化がなされたものの、1982年社会党のミッテラン大統領の際に、再び主要企業を国有化、という何とも資本主義の国らしからぬ歴史を持っています。
まぁソ連の例を出すまでもなく、国有企業がうまく行く訳が無く、結局フランスの試みは失敗に終わる訳ですが、失業率が一向に改善されない状態に悩むフランス政府、時の政権がその昔に企業の国有化を行った社会党出身のオランド大統領ということもあり、形を変えて再度同じ試み(同じ失敗を繰り返すだけのような気がするのですが・・・)をしようとしているのが、現在の姿。
戦後のフランス史を見ていると、フランス政府が企業の経営に口を挟もうとする姿はまたか・・・、と世界史マニアの管理人は思ってしまいますが、いずれにしてもオランド政権、手段の良し悪しはさておき、失業率の改善にやっきなのは間違いありません。
そんな訳で、フランス政府は約10億ユーロ(約1,300億円)を突っ込んで、ルノー株の持ち株比率を高めて、ルノーへの影響力強化を図ろうとしています。そしてフランス政府はルノーに対し、2016年4月以降は約28%の議決権を持つことになります。
議決権とは逆に日産がルノーの屋台骨を支える存在に
2兆円を超える借金を抱え瀕死の状態だった日産を助けたルノー。ルノーとしても一種の賭けだった訳ですが、その賭けは見事に成功。その成功には、カルロス・ゴーン氏という存在抜きには語れませんが、そのゴーン氏は今やルノーと日産の両者のCEOを兼ね備える最高実力者。
そしてルノーの日産への出資から16年の月日が流れ、日産は復活。気が付けば、日産がルノーを支えている状態に。ルノーの決算書を見れば一目瞭然。
ルノーは日産の持ち分法利益を計上しており、これによりどうにか決算の格好がついている状態。何せ税前利益の半分以上は日産の持ち分の利益を取り込んでいる数字なので。2013/12期に至ってはルノー単体では営業利益が赤字です・・・。
ついでに言うと、日産の配当金の43.4%をルノーは受け取っています。2015/3期の日産の配当金総額1,383億円なので、43.4%の約600億円をルノーは日産から配当金として現金で受け取っています。
折角なので日産の業績推移は下記。
ルノーの2014/12期が売上約5.3兆円に対し、日産の2015/3期の売上約11兆円。営業利益はルノーが1,430億円に対して日産が5,890億円(1ユーロ=130円で計算)。
ルノーに助けてもらってから16年、日産は見事独り立ちして、ルノーに恩返しをしている状態となっています。
そして直近5年分の日産の株価の動きは下記のような状態となっています。
フランス政府が日産をどうにかしようと思うのは道理
フランス政府から見れば、日産はルノーの金の卵を産む鶏な訳で、フランス政府のルノーに対する影響力が高まれば、フランス政府がその鶏をどうにかしようと思うのは道理です。
何せ親のルノーがカツカツの状態なんだから、仕方ない。ルノーに手を付けるより、日産に手を付ける方が手っ取り早いです、正直。
そんな訳で出てきたのが、フランス政府からのルノーと日産の合併案。
今まではルノーと日産は運命共同体だったので、ルノーからすれば、日産に無茶をさせれば自分もダメになることが分かっていたので無茶なことはできませんでしたが、フランス政府は株主と言えども赤の他人。日産が変なことにならないように考えるのはあなた=ルノーの仕事、と言ってしまえる立場。じゃぁ、一緒になれば問題解決な訳だ、的な。
これまでルノーとよい関係を続けていた日産にしても、フランス政府の存在が全く他人事ではなくなってしまいました。10月22日には日本政府の菅官房長官が、日産とルノーの持ち株構造に変化が生じないように対応に努めたい、と言及する事態にまでなっています。(ちなみに菅官房長官、日産が本社を置く神奈川が地盤です)
日産がフランス政府に対抗するには?増資もしくはルノー株の買い増しが必要
フランスでISによるテロ事件が発生し、ルノー・日産対フランス政府の対立は小休止かと思いきや、全然そんなことにはなっていないようです。
フランス政府の日産への影響力を最低限にとどめたい日産、今後取ることのできる方法としては2つあります。
日産が増資によりルノーの出資比率を減らして日産がルノーに対する議決権を獲得する
日産は既にルノーに対し15%を出資しています。フランスの会社法では40%以上の出資を受ける企業は出資元に対して議決権を持てないことになっており、それ故、日産はルノーに対し議決権を有していませんが、逆に言えばルノー→日産の出資比率を40%未満にしてしまえば議決権は復活。
日産が公募増資すればすむ話じゃん、ということでルノーの賛成さえ得られれば一番話は早いのですが、既存株主の権利の希薄化が生じます。
ただし、現在ルノー→日産の出資比率は43.4%。希薄化といっても、4%程度の話であり、事情も事情なのでそれ程ハードルは高くありません。
第1案、問題があるとすれば目先のフランス政府の介入は防げても、今後第2ランドが待っていそうな点。何せ日産→ルノーに対する議決権が生じたとしても、15%の話ですから。結構中途半端な株主シェアだったりします。
日産がルノーに25%以上出資してルノー→日産の議決権をなくす
お金はかかりますが、フランス政府の介入の影響力を一番減らせる案となります。
日本の会社法では、株の持ち合い関係にある会社で25%以上の株式を保有すると議決権が無くなります。
株主(株式会社がその総株主の議決権の四分の一以上を有することその他の事由を通じて株式会社がその経営を実質的に支配することが可能な関係にあるものとして法務省令で定める株主を除く。)は、株主総会において、その有する株式一株につき一個の議決権を有する。ただし、単元株式数を定款で定めている場合には、一単元の株式につき一個の議決権を有する。(会社法第308条1項)
この日本の会社法上の規定を利用するのが第2案。
ただしこれはお金がかかります。ルノーの時価総額は約28,244百万万EUR、日本円で約3.6兆円。現在、日産はルノーに15%出資しており、10%ルノー株を買いますということは、少なく見積もって約3,600億円以上をルノー株の買い取りに投じる必要があります。
ルノーに助けてもらって完全復活を遂げたとはいえ+我が身を守るためとはいえ、3,600億円以上の投資、そう簡単に決断はできません。
更にルノー→日産への議決権が無くなると、日産の筆頭株主が議決権上は存在しなくなるという事態になります。仮にファンドが日産の株を買い集めて・・・、という事態がやって来ると、今度は日産は安定株主無しでファンドとの戦いに臨まざるをえないリスクが生じます。
いずれにしても、日産は我が身を守るために、増資を行うか、さもなくばルノーの株を買い増すか、という決断が迫られそうです。
ルノーの株価は上昇中
面白いのはルノーの株価を見ると、株式市場は日産がルノーの株を買い増すんじゃないか?、と考えているっぽい点。下記がルノーの株価の週足チャート。
https://www.tradingview.com/x/45UJqKfM/
もう日産がルノー株の買い増しを狙いすましたかのように、ルノー株は60ユーロ代から90ユーロ代にこの秋に駆け上がってきています。
日産が正式にルノー株の買い増しを発表(TOB)となれば、当然現在の株価にプレミア=色を付けることになるため、これまでの高値100ユーロ超えとなる可能性もあります。
日産にとっては独立性を守るためとはいえ、ルノーへの追加出資となった場合は相当高額な出費にならざるをえません。
番外編、2016年4月以降にフランス政府と日本政府で話を付けてしまう
ここから先は頭の体操。いや妄想に近い話。2016年4月以降も今のままの資本構成で進んだ場合。
逆転の発想で、フランス政府と話をつけてしまい、例えばファンド等がルノーの保有の日産の株式を買い取る+日産はルノーの”経営”には関与しないという等でフランス政府と握ってしまう案。確かに日産という金の卵を産む鶏はいなくなりますが、お土産(日産の株の売却代金)は置いて行く訳で、フランス政府にとって悪い話ではありません。
フランス政府にとって日産は他所の国の企業であり、日産をフランス政府が取りに行く=買いに行くなら話は別として、そうでなければルノーの経営に口を出すのが主目的でしょうし。
まぁ頭の体操です。
日本政府とフランス政府で握ってしまうという裏技があったりして・・・
フランス政府と休戦へ
日産を巡るフランス政府との争い、バトルに発展するかと思いきや、一転休戦へ。12月11日にルノーはフランス政府と日産の経営にフランス政府が介入しないことで合意した、と発表。
合意の内容は下記。
①フランス政府は日産の経営に干渉しない
②日産の経営判断に不当な干渉を受けた場合、日産はルノーへの出資を引き揚げる権利を持つ
③ルノーと日産はそれぞれの事業の自立性を保持する
既に現場レベルで離れられない関係になっている日産とルノーの関係で③の現実味はピンときませんが、①は対フランス政府との休戦協定、と言うべき内容。
②については今回の騒動で日産が得た果実と言えます。これまでの日産とルノーの資本関係は、ルノー→日産、の議決権があるのみで、日産→ルノー、の議決権はありませんでした。今後もその状況に変化はありませんが、これまで日産はルノーの了解なしにルノー株の売買が出来ませんでしたが、今回の②によって、日産はルノー株に対するフリーハンドを得たことになります。コレにより、極端な例で言えば日産がルノーを子会社化することも可能になります。
恐らく日産救世主のカルロス・ゴーン氏が健在の間は、日産-ルノーの関係はよい関係が維持されるでしょうが、恩人とも言えるゴーン氏無き後の日産-ルノーの関係が現在のよい関係が続く保証はどこにもありません。その点、今回の騒動で日産がフリーハンドを得たのは、日産の今後の選択肢が大幅に広がることとなりました。
今回の騒動、フランス政府のルノーへの経営介入が発端ですが、日産にとっては将来の布石を置くことができる結果となりました。フランス政府も余計なことをしてくれた・・・、とルノー側は思っているのではないかと。
まとめ
一旦大株主になった株主は簡単には排除できません。これは当たり前、資本主義の大原則=会社は株主のモノ、なんですから。(社員のモノ等、そういう議論ではありません)
ルノーに助けてもらった、という大恩のある日産ですが、日産がルノーを支えているという現状を考えれば、そろそろ資本構成を多少なりとも考え直すタイミングが到来しています。
そのタイミングでやってきたフランス政府のルノーに対する影響力拡大を巡る争い、ガチンコのバトルにまで至らず、関係者一同はホッとしていそうですが、日産はルノー株に対するフリーハンドを得られたのは、将来の為の思いがけないお土産となりそうです。
既に現場レベル(開発・購買等)では離れられない関係となっているルノーと日産。フランス政府によって引き起こされた嵐によって、ルノーと日産の関係が今後どう変化していくか。当面今の関係に変化はなさそうですが、将来ゴーン氏が去った後の両者の関係がどうなるのか、非常に興味深い所です。
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