スズキとVWの提携が完全に破綻した時から、いずれトヨタと提携するんじゃなかろうか、と予想された方も多かったようですが、やはり、という状況に。遂にトヨタとスズキが提携交渉開始、と発表。
ダイハツを完全子会社化しているトヨタにとって、スズキとの提携は殆ど障害がない状態となっています。
スズキの鈴木会長は、今後も独立した会社としてやっていく、と強調されていましたが、目下最大の課題はスズキが抱える約10%の自己株の問題。GM→VW→スズキと渡り歩いている自己株、最終的にトヨタが手にすることになるのでしょうか。
今後のスズキの自己株の行方に注目です。(2016年10月13日大幅修正)
概要
トヨタとスズキが提携交渉開始を発表
2016年始め頃にトヨタとスズキの提携交渉は報じられていましたが、その後両社が交渉を否定し、沙汰止みとなっていました。ところが一転、10月12日にトヨタ自動車・豊田社長とスズキ・鈴木会長が揃って記者会見を行い、両者の提携交渉開始を発表しました。
トヨタ「オールジャパン」へ スズキと提携交渉(日本経済新聞)
自動車業界は環境変化の真っただ中にあり、環境技術は言う間でもなく、2016年からは自動運転が大きな話題に上っています。特に自動運転はグーグルやアップルという他業界まで巻き込みつつあり、これまでの自動車業界の枠組みだけでは、主導権を取るのが難しくなりつつあります。
とは言え世界を代表するトヨタは自前技術や提携で今後の技術開発は何とかなるとしても、軽自動車主体で事業を展開してきたスズキには、開発負担が非常に重くなりつつあります。環境技術はともかく、自動運転となると、鈴木会長の号令の下で中小企業的経営スタイルでやってきたスズキにとっては、未知の領域ではないかと。
そんな環境変化がトヨタとスズキの提携交渉開始を後押ししたと、考えられます。
資本提携がもう一つのテーマ
昨年大きく報じられたVW(フォルクス・ワーゲン)による排ガス不正問題。実はその前に、スズキはVWとの提携関係を解消し、VW保有のスズキ株を自社で買い取っています。(詳しくは下記をどうぞ)
そして株式市場界隈では、スズキの買い取った株の行方が注目されていました。
今回発表されたトヨタとスズキの提携交渉開始、技術面での提携は大きなテーマですが、スズキがVWから引き取り保有している自己株をトヨタが引き受け、資本提携にまで至るかどうかが、もう1つのテーマとなります。
スズキは自己株式が筆頭株主
ここでスズキの保有する自己株式に注目してみます。
スズキはVWと提携解消をする際に、VWの保有していたスズキ株107,950,000株(株主シェア19.90%)を買い取っています。
その後、2016年3月末に自己株式の消却を行っており、現在の自己株式数は49,748,321株。
(スズキの2015/3期株主総会招集通知、35ページ記載)
実は約5,000万株の自己株式がスズキは筆頭株主となっています。自己株式を除くと、第一位株主日本マスタートラスト信託銀行が約2,600万株(シェア5.9%)、第二位JPモルガンチェースバンクが約2,100万株(シェア4.9%)となっており、自己株は第一位と第二位の株主の合計株数より多くなっています。
簡単に言えば、スズキの保有する自己株を丸ごと買うと即スズキの筆頭株主になれますよ、という状態です。
VWとの提携解消で約2,000億円分、財布に穴をあけてしまったスズキ
株の話で言えば、以上でほぼ説明がつきますが、ここに財布の話が追加されます。
スズキはVWから約4,600億円で株式を買い取った、と言われています。一方、スズキが2009年にVWに対し自己株処分方式で第三者割当増資を行った際に手にした金額は約2,224億円。VWとの提携でスズキは約2,300億円の勉強代を支払ったことになります。正確には持ち合ったVWの株式売却で約300億円の売却益が出ているので、勉強代は約2,000億円となりますが、スズキはVWとの提携により約2,000億円分財布に穴をあけてしまった状態となっています。
スズキクラスの会社でも、流石に約2,000億円分のあるべき現金がないのは相当辛いです。2016年4月に約2,000億円の転換社債型新株予約券付社債(転換社債)を発行していますが、転換社債なので株価が上がらなければ、いずれ返さねばならないお金。
さらに言えばこの2,000億円を手にして資金的には漸くマイナスがゼロになった段階。VWとの提携でスズキは約2,224億円を手にしている訳で、財務的には元の状態に戻すのに、あと2,000億円を調達する必要があります。
自己株式の価値は株価3,500円で約1,750億円
現在スズキの保有する自己株式が約5,000万株であり、スズキの株価を3,500円と仮定すると、その自己株式の価値は約1,750億円となります。
この自己株式を現在の株価付近で売却できれば、晴れてスズキの財務状態はほぼVWとの提携時と同程度に回復します。
そしてこのスズキの自己株をトヨタが引き受けるかどうか、というのが今後の焦点になると予想されます。
スズキの株価(週足チャート)
「画像出典:マネックス証券/日本株取引ツール トレードステーション」
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スズキ側の事情-自己株とカリスマ無き後の経営体制
実はスズキは自己株の問題もありますが、丁度カリマス鈴木会長から長男の鈴木社長への代替わりの時期にも当っています。
カリスマ無き後のスズキをどうするのか、別にスズキに限った話ではありませんが、カリスマ経営者が去った後の企業経営、同じようなカリスマ経営者はいない、ということで集団指導体制や大手との提携を行う会社が多いのですが、スズキはトヨタとの提携によって、代替わり後のスズキの経営を安定的に行う、という方針のようです。
トヨタとなら対等の精神での提携が実現可能
株を絡めた提携となると、どうしてもM&A的には、食うか食われるか、となってしまいます。日本の企業でM&Aの際に、対等の精神で・・・、とよく出てきますが、海外では全く通じません。
その意味では、VWのスズキに対する子会社っぽい対応はある意味でグローバルスタンダードな対応でした。それじゃ話が違う、ということもあり、VWとスズキは提携解消に至っています。
そして今回の提携予定相手はトヨタ。トヨタは良くも悪くも日本的な会社。株を持っても富士重工のように、お互いを尊重しあういい関係、というのが普通に続いています。アナリストからは、資本効率面や提携の効果が見えない、と評判があまりよろしくありませんが、これがトヨタのやり方です、で押し切ってしまえる実力がトヨタにはあります。
スズキの鈴木会長の過去の雑誌記事等見ると、スズキとトヨタの関係は古くからあって、過去スズキはトヨタに助けてもらったこともあるくらいなので、心情的にもトヨタとスズキはベストパートナーとなりうる存在。
GMそしてVWと提携先に振り回された歴史のあるスズキですが、ここにようやくトヨタという安心できる提携先を見つけることになりそうです。
ダイハツはトヨタの完全子会社となり上場廃止済、スズキと住み分けが可能
トヨタにとってスズキと提携するに当たり、処置しておくべき問題が存在していました。それがスズキと軽自動車でライバル関係にあるダイハツ工業)の存在。
国内の軽四自動車市場でのスズキとダイハツの激烈なシェア争いは有名ですが、そのダイハツは現在トヨタが完全子会社にしています。要は、トヨタがスズキと提携する場合、ダイハツとのすみ分けの絵を描ける状態。
これがダイハツが完全子会社でなく、提携先や上場会社であればそう簡単に”住み分け”とは言えませんが、トヨタはダイハツを完全子会社化することで、自由に軽自動車事業の絵を描くことができます。
国内部門は、そうは言っても現場レベルで一筋縄ではいかないと思いますが、海外はスズキはインド、ダイハツはインドネシアを始めとする東南アジアが強いので、充分住み分けが可能です。
政治的な思惑で左右される中国市場に対して、以前より深入りを避けているトヨタにとって東南アジアは中国に代わる重点地域となっています。海外展開、という観点で言えば、トヨタ+ダイハツとスズキの提携はトヨタにとって、願ったりかなったりの展開と言えそうです。
実は日本の自動車市場は大変
少子高齢化が進む日本。冷静に考えれば、自動車に乗る人が減ることはあっても増えることはありません。更に格差社会が進んでもいて、自動車を購入できる層自体も減りつつあります。
先日、道路の信号待ちでボーッと目の前を通る自動車の種類を見ていたら、軽四・トラック・ミニバン・ハイブリッドばっかり、セダンタイプの車を殆ど見ない事実に驚きました。これじゃ日本の自動車メーカー大変だよね、と思った訳ですが、シュリンク(縮小)していく市場で業界再編が起こるのは当然の流れ。
その意味では、トヨタとスズキの提携、そしてそれにともなうトヨタによるダイハツの子会社化ってシュリンクする国内自動車市場を象徴する流れとなります。
トヨタもホンダも国内事業では実は苦戦している訳で、国内自動車メーカーは海外で稼いでいないと、実はやっていかれない、という事態は今後少子高齢化が益々進むと予想される中、更に進展する可能性もあります。
少子高齢化で国内の自動車市場も実は大変なんです
まとめ
VWのオウンゴールに端を発するかもしれない、自動車業界の再編。どうやら日本国内で一足早くスタートする気配が濃厚。
少子高齢化が進み、色々な意味で世界の最先端を行っている日本、自動車業界の再編でもその魁(さきがけ)的存在になるのでしょうか?
気が付けば環境技術だけではなく、自動運転技術まで求められている自動車業界。その開発投資負担は年々増加傾向にあります。そんな中、開発投資に耐えられない会社は合従連衡の恰好のターゲットとなりえます。
自己株の問題、カリスマ鈴木会長の高齢問題といった独特の問題を抱えるスズキとトヨタの提携交渉開始。まだ”交渉開始”という状態で、具体的に何が決まった訳でもありませんが、両社のこれまでの関係を考えれば、資本提携に至るかどうかはさておいても、日本的ないいかんじの提携関係、にはなると考えられます。
世界中で強化の傾向の環境規制・さらに求められる自動運転技術、まだまだ自動車業界の合従連衡は続きそうです。今後も自動車業界には注目して行こうと思います。
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