2017年スコットランドは独立に向け再び住民投票に向かうのか?

 2016年6月イギリスはEU離脱を国民投票で決定してしまい、世界を驚かせました。2016年12月の現在、どうやってEUを出ていくか、イギリス内で今は裁判所を巻き込んで揉めに揉めていますが、スコットランドの雲行きが怪しくなってきました。

 2014年に一回ポッキリ、というイギリス政府との約束で住民投票で独立を問うた結果、イギリス残留を選んだスコットランド。当時はイギリスがEU離脱をする、とは夢にも思っておらず、完全に環境が変わり、再度住民投票実施の機運が高まっているようです。

 2017年はスコットランド独立に向けた動きが加速するのでしょうか?

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スコットランドで再び住民投票の動き

 昨日ブルームバーグで出ていたのが下記ニュース。遂にスコットランドが再度の住民投票に向け、動きを開始する号砲のような気が。

スコットランド行政府のスタージョン首相は今週、欧州連合(EU)の単一市場にとどまれない場合、英国からのスコットランド独立の是非を問う新たな住民投票を実施すると警告する方針だ。(ブルームバーグ

 元々スコットランドはEUからの離脱を望んでおらず、国民投票の結果からもそれは明らかです。


wikimedia

 緑がEU残留、青がEU離脱で色分けされていますが、イングランドが完全に青のEU離脱となっているのに対し、スコットランドは緑で完全にEU残留。ここまでキレイに分かれるともう別の国だよね・・・、って後で述べますが、元々イングランドとスコットランドは別の国です。

 スコットランドは2014年にイギリスからの独立を問う住民投票を実施しています。この時、イギリス政府とスコットランド自治政府との間で、住民投票は一回ポッキリ!、という約束を交わしています。

 そして住民投票の結果は、

独立賛成44.70%-独立反対55.30%
wikipedia

、となりスコットランドはイギリスに残留することに。実は選挙終盤まで独立か否か僅差の選挙戦でしたが、タカをくくって何もしていなかったイギリス政府が最後の最後にスコットランドに対し自治権を大幅に認める等の譲歩を行っており、イギリス政府としては、どうにかスコットランドの独立を食い止めた・・・、という状況。
 そしてスコットランドとは、住民投票は一回ポッキリ、と約束をしていたので、ヤレヤレ・・・、というのがここまでの流れです。

 しかしながら2016年6月にイギリスはEU離脱を国民投票で決定。けど国民投票で決定、と言っても、スコットランド住民はEU離脱に賛成していないよ、という所から始まり、独立の住民投票の1回ポッキリの約束はそもそもEUに加入しているのが前提でその前提条件が変わっているからもう一回住民投票を行いたい、という流れが始まりつつあります。

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元々別の国だったスコットランド

 いまでこそイギリスと言えば、スコットランドを含めたグレートブリテン島一帯の国をイメージしますが、実はスコットランドがイギリス(本来的にはイングランドですが、イギリスとします)と一緒になったのは、1707年。日本で言えば江戸時代の徳川綱吉の頃。

 もう300年以上前のことを今更・・・、と思ってしまいますが、その頃は日本は曲がりなりにも徳川将軍家の下で日本という国の形が出来上がっていたことを考えると、イギリスとスコットランドが1つになったのって、まだそれほど歴史がある訳ではありません。ま、簡単に考えればスコットランドとイギリスが1つになって約300年、スコットランドが独立していた期間が1000年以上と考えれば、スコットランドの独立志向、多少は分かるのではないかと。

 ちなみに若い国、と本人たちも諸外国も思っているアメリカは建国が1776年。スコットランドがイギリスと一緒になったのは、アメリカ建国の約70年前。そう考えると、今のイギリスという国の形、アメリカ並みに新しい、ということになります。

 こう考えていくと、イギリスも今の国の形になったの、アメリカとあまり変わらないよね、と気付くことになります。

 ま、ドイツ統一が1871年、イタリア統一が1861年なので、フランス・スペイン・ポルトガルを除くと、ヨーロッパの国って、今の国の形になったの、実はそれほど昔の話ではない、ということにも気付いたりしますが。


コレがスコットランドの国旗

イングランドとスコットランドの長い抗争の歴史

 日本では自国民同士が戦いの時代は、時代とすれば戦国時代程度しかありません(大和王朝近辺の太古の昔や蝦夷の制服は別問題)。この日本人の感覚でスコットランドを見ると、大いなる勘違いを生みます。スコットランドとイギリスの中心たるイングランドはそれこそ1000年以上、平和な時代もありつつも、ズーッと抗争を続けてきたという歴史があります。

 簡単にスコットランド史を記してみると、

500年頃 スコット人の王国を建設
1296年 イングランド王がスコットランドに侵入、イングランドによるスコットランドの支配が開始
1328年 「エディンバラ・ノーサンプトン条約」により、イングランドはスコットランドの独立を認める(スコットランドは独立するもイングランドとの抗争は継続)
1603年 スコットランドのジェイムズ6世がロンドンでイングランド王を兼務、同君連合が成立
1651年 イングランドのクロムウェルがスコットランドを占領
1707年 「合同法」成立、イングランドとスコットランドが統一され大ブリテン国に
1999年 スコットランド自治議会発足
2014年 スコットランド独立を問う住民投票で独立否決
2016年 イギリスはEU離脱を国民投票で決定するも、スコットランドはEU残留多数

こんな感じとなります。

 スコットランドが国としてできたのが500年とするならば1707年までの約1200年はイングランドと抗争を続けながらも独立をしていた訳で、スコットランドの歴史としては、圧倒的に独立していた時期の方が長い訳です。

 根本的な所では、スコットランド住民もイングランドと一緒になっていたほうがメリットがある、と判断したからイングランドと一緒になった訳で、メリットが無くなる=現在で言えばEUから離脱、となれば、じゃあイングランドと一緒にいるのやーめた、となっても何も不思議ではありません。

北海油田の多くはスコットランド領に存在

 イギリスの経済を支えているのは金融業ですが、もう一つの柱が北海油田から算出される原油です。イギリス経済は原油に支えられている、という隠れた姿を持っています。イギリスでエネルギー問題があまり出てこないのは、ハッキリ言って北海油田があるからです。フランスは原子力発電、ドイツは脱原発で風力発電他の開発を進めていますが(フランスから原子力発電所で発電した電力を買ってもいますが)、イギリスは北海油田を有しているので、エネルギー問題とは無縁と言えます。確かに北海油田枯渇の問題はありますが、目先の問題ではありません。

 ただし、北海油田は鉱区の多くがスコットランド領に属しています。

 よってスコットランドが独立すると、たちまちイギリス政府は北海油田からの収入を失いことになります。逆に言えば、スコットランドは独立しても目先の必要資金を北海油田からの収益で賄うことができます。

 そんなに簡単にイギリスが北海油田をスコットランドに渡す訳がない、という議論も当然ありますが、そのまま何もしないと、右から左に北海油田の大半はスコットランドに持っていかれることになります。

 と言うことでスコットランドに独立されると、イギリス政府は財布の面でも頭を抱えることになってしまいます。007のお国柄なので、北海油田は渡さない!、と各種工作が行われる可能性はありますが。

スコットランドの独立の動き、まとめ

 イギリスという国は、形の上ではイングランド・スコットランド・ウェールズ・北アイルランドという国から構成されている、ということになっています。その中で、特に独立心の強いスコットランドと北アイルランドは、それこそイギリスの歴史を紐解くと、血みどろの争いがある等、大英帝国の裏面史そのままの歴史になったりもします。

 2016年にイギリスはEU離脱という選択を取ることで、ある意味では自らパンドラの箱を開けた形となりました。そして2014年に一旦反対となったスコットランドの独立に向けての住民投票問題が、いつ再燃してもおかしくはありませn。

 2017年はスコットランドが独立に向けた動きを本格化するかどうか、イギリスにとってはターニングポイントとなりうる1年となりそうです。果たしてイギリスは現在の国の形を維持したまま、EU離脱を成功裏に進めることができるのか?それともスコットランド独立というパンドラの箱を見事に開けてしまうことになるのか。

 2017年はスコットランド独立に向けた動きに要注目です。

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