日銀が導入したマイナス金利政策。金融機関だけでなく、上場企業にも影響が出始めています。金利低下の影響で、大和ハウスは退職給付債務が849億円増加、その結果減益決算へ。今後同様の企業が現れる可能性が。
今の所、狙った効果が出ているとは言いがたいマイナス金利、副作用は少しずつ出始めているようです。(2016年9月8日追記)
概要
大和ハウスがマイナス金利の影響により退職給付債務の増加で特別損失を計上
会計の話題的には久しぶりに姿を見た感がある、退職給付債務。大和ハウスはマイナス金利の影響で、退職給付債務が849億円増えて、同金額を2016/3期に特損で計上すると発表。退職給付債務問題がなければ増益決算を予定していた大和ハウスですが、思わぬ問題で増益が阻まれることに。
「退職給付に関する特別損失の発生及び平成 28 年3月期業績予想の修正に関するお知らせ」(大和ハウス工業)
退職給付債務の問題、別に大和ハウスに限った話ではなく、新興企業のように退職金制度がない会社は影響ありませんが、大企業になればなるほど影響が出てきます。
退職金の話なので、目先で現金がスグになくなって大変、ということではありませんが、大和ハウスクラスで特損849億円となると結構な金額です。
後述する制度面から、退職金制度のある会社が全て大和ハウスのようになる訳ではありませんが、マイナス金利の影響、思わぬ面で大企業にも影響が生じつつあります。
退職給付債務とは?
退職給付債務について、日経新聞(2016/4/15)では下記のような説明がなされています。
(企業は)将来支払う予定の金額を一定の利回り(割引率)で割り、現時点で用意すべき額に計算し直したものが退職給付債務だ。~退職給付債務に比べて実際の年金資産が不足している場合、企業あh穴埋めの費用を計上しなくてはならず、収益の圧迫要因となる。
多少なりとも金利等の知識があれば、コレで退職給付債務問題も分かりますが、コノ説明では???という方も多いのでは?極々簡単に説明してみます。
退職給付債務を分かりやすく説明してみる
例えば今の社員構成を考えると10年後に退職金が100億円必要とします。企業は退職金を毎年積み立てて、その後の支払いに備える訳ですが、10年後100億円が必要であれば、今時点で必要な金額はいくら?
この場合、金利を考えて10年後100億円の金額を今の金額に引き直します(現在価値と言います)。
当初の金利が1%で、ままでズーッと金利が1%で推移すれば当初計算した通りの積立額で構いませんが、金利が上がれば金利収入が増えるので企業の負担額が減る=特別利益、金利が下がれば見込みの金利収入が得られないので企業の負担が必要=特別損失、ということになります。
世の中に金利というものがある限り、貨幣の価値は金利を考えないと始まらない、ということがベースの考えになっています。将来の支払額が一定ならば、金利相当を減額した金額が足元の必要金額、ということです。
マイナス金利=金利低下、と言うことで金利低下=企業の負担が減るハズなのに、退職金給付債務で企業の負担が増えるってどう言うこと???、という疑問は上記で説明できます。
アコムはマイナスの割引率を適用
アコムは退職給付債務の計算にマイナスの割引率を適用したと発表しています。
「年金債務計算 アコム、マイナスの割引率適用」(日本経済新聞)
通常であれば受取り金利が発生するため、退職金>退職給付債務、となりますが、退職給付債務にマイナス金利を適用すると、退職金<退職給付債務、となります。退職金を積み立てると、マイナス金利の影響で、積み立てた年金が目減りしてしまう、ということになります。
退職金の計算式を変える訳ではないので(退職金の支払額は変わらない)、当然会社側(アコム)はこれまで以上の積立を余儀なくされるため、今後の利益の圧迫要因となります。
しかし退職給付債務にマイナスの割引率を適用する会社が現れるとは。けど日銀はマイナス金利を当面継続するスタンスのため、退職給付債務にマイナスの割引率を適用する会社、今後も出てきそうですね。
金利が下がると企業の退職金の負担が増加します
会計的には複数年での分割計上も可能
退職給付債務について、金利変動等で積立が不足した場合、会計的には一括計上でも、複数年計上でも両方認められています。
今回大和ハウスは一括計上で、一気にドカンと849億円もの特損で不足分の退職給付債務を計上した訳ですが、一気にやらなくても・・・、ということで複数年に分かって分割で不足分を計上する企業もあります。
ただし会計上は一括であろうと複数年であろうと、必ず何らかの形で足らない退職給付債務は計上の必要があります。
足らない退職給付債務を一気に計上すると決算に与えるインパクトが大きいので、多くの会社は分割計上を選ぶ傾向にあります。
金利低下だけでなく株価も下がって年金運用は大変
マイナス金利の影響で退職給付債務の積み増しを余儀なくされる会社が今後も出てきそうですが、2015年度はマイナス金利はあるし、株価も大幅に下がるして年金関係の運用は結構大変な年となりました。
退職金はマイナス金利の影響でこんな感じ。401k(確定拠出型年金)を導入の場合は企業の負担も多少軽くなりますが、じゃあ社員は401kをうまく運用出来ているかどうかは、その人次第。401kでも日本株型の投資信託や、新興国株の投資信託でやられてしまっている方、結構おられるのでは?それでも継続的に積み立てていれば、日本株はまだ含み益と思いますが。
2015年度はいずこの企業年金の運用も赤字になりそうですし、年金の親玉とも言えるGPIFも数兆円単位で赤字を計上しています。
2016年3月期決算で企業年金にマイナスの割引率を採用した会社は34社
「企業会計2016 Vol68 No10」に2016年3月期決算で企業年金にマイナスの割引率を採用した会社34社の名前が掲載されていたのでご紹介。
錢高組(1811)
植木組(1867)
サンテック(1960)
三晃金属工業(1972)
JPホールディングス(2749)
日清紡ホールディングス(3105)
テクマトリックス(3762)
システムズ・デザイン(3766)
東洋鋼鈑(5453)
東邦亜鉛(5707)
東洋製罐GHD(5901)
三和ホールディングス(5929)
文化シャッター(5930)
TOWA(6315)
加藤製作所(6390)
新日本無線(6911)
河西工業(7256)
スズデン(7480)
ムーンバット(8115)
三菱UFJ-FG(8306)
三井住友FG(8316)
八十二銀行(8359)
アコム(8572)
ソニーFHD(8729)
T&Dホールディングス(8795)
トランコム(9058)
ニッコンHD(9072)
エスライン(9078)
ゼンリン(9474)
日本空港ビルデング(9706)
日本管財(9728)
イエローハット(9882)
マキヤ(9890)
ショクブン(9969)
金融政策として導入されたマイナス金利ですが、日本経済の担い手とも言える上場企業の財務に非常に大きな影響を与えています。日銀の黒田総裁はマイナス金利の拡大も視野に入れているようですが、企業への影響を考えると、マイナス金利の拡大は簡単には決められない、と言えるのではないかと。
まとめ
2016年度、株式相場は一体どうなるのでしょうか?アメリカ株は大統領選挙もあるし、消費中心に回っているアメリカ経済はなんだかんだと言っても好調のようなので、何とかよさそうな感がしますが、日本株は?
完全に冷え込んでしまっている日本の消費。マイナス金利って財布の紐を緩ませる政策なのですが、庶民には全く関係ありませんので。そしてこれまで業績好調だった大企業も、景気の潮目が変わったとトヨタの社長が仰られているくらいなので、そんな認識なのでしょう。そう考えると、2016年の日本株もなかなか大変・・・。
十年以上前、退職給付債務が導入された際に何百億円単位で大企業が特損を出して驚いた記憶があり、今回は非常にマニアックな退職給付債務について取り上げてみました。
退職給付債務問題が各社の株価の足を引っ張らないことを願いつつ。
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